大伴家持と万葉集

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『万葉集』を読んだこと、ありますか?



私は……ありません。
万葉集に収められている歌をいくつか、それも断片的に知っている、もしくは聞いたことがある、という程度です。まあ、知っているとは言えないレベルですね。
でもこの『大伴家持 日本人のこころの言葉』を読んで、「とっつきにくい」という先入観からはやっと解放されました。

古典の話になると、いつも思い出しては繰り返す「中学の授業できらいになった」という呪詛。私の未熟さにも大いに原因があったとは思いますが、やっぱりいきなり古文を読む、さらにそれを試験する、というアプローチはどうかと思うのです。そんな暗号みたいなの好きになれないじゃないですか、ふつう。

これは万葉集というよりも、編者とされる大伴家持の半生を概観する本です。
大伴氏は上代からの名家でした。しかし家持の時代には藤原氏の隆盛に伴い凋落しつつありました。その自負、郷愁、悲哀といった心情が、家持の歌には滲んでいます。従って家持の生きた時代を知ることで、歌の内容もずっと理解しやすくなるわけです。
文学としていきなり和歌を読むのではなく、歴史を押さえながら万葉集へと目を向ければ、地に足を着けてその世界を眺めることができます。

奈良の地を知ることも、さらに万葉集を身近にしてくれます。
たとえば聖武天皇による恭仁京遷都の折、家持は内舎人という天皇の身辺警護職にあったため、やはり恭仁京に住まっていました。現在の木津川市加茂です。しかし新京はまだ建設途中だったため、家族はまだ元の平城京の邸にいます。いわば単身赴任です。そこで家持は弟の書持(ふみもち)へ、郷愁の滲む歌を送ったりしています。

家持の一家は佐保大伴氏と呼ばれ、その自邸も佐保の地にあったと考えられています。また叔母の坂上郎女(さかのうえのいらつめ)の名が示す通り、その邸は坂の上にあったと推測されます。とすればだいたい奈良市の北辺、元ドリームランドのあたり一帯ですから、恭仁京までは山ひとつ隔てただけの距離。今なら車で約10分です。郷愁というにはあまりに近い気もしますが、古代の交通事情や職責を考えつつ、あらためて加茂から奈良を眺めれば、万葉絵巻がいっそう現実味を帯びてきます。

f0097528_21404366.jpg『大伴家持 日本人のこころの言葉』鉄野昌弘(創元社)2013
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by pavilion-b | 2018-03-08 08:03 | 絵本と本のこと | Comments(0)