わたしと仕事

f0097528_822263.jpgあの台風の日に、家でじっくりと読みました。



2年半ぶりの発刊となった、旅人と詩人の雑誌「八月の水」5号。ページ数も増え、それぞれの書き手によって丁寧に綴られた文が、共鳴して密やかな水音を響かせています。読み応えがありました。
特集「わたしと仕事」では、執筆者らの仕事観やその出会いについて短文が寄せられています。ふだん他の人がどんな思いで仕事に向き合っているのか。私も読みながら自分と仕事との出会いについて、なんとなく記憶を辿っていました。

高校1年のころ、父を手伝ったのが最初の仕事でした。父は自宅近くで製造業を営んでいました。
制服を作業着に着替えていざ仕事です。私の受け持ちは電動ドライバーを使った組み立ての工程でした。ゲーム機のコントローラーとか、エアコンウイングの速度調整とか。エアコンのスイッチを入れるとウイングが開きますが、あの開く速度には厳密な規定範囲があって一定速度以内で開くように調整しているのです。今でもエアコンを見るたびにそれを思い出します。

電動ドライバーも、トルクが強くてしっかり握らないと振り回されそうになります。はじめは恐る恐るでしたが、みるみる握力もつきました。慣れるとリズムも良くなり、気がつけば無心で作業に没頭していました。
出来上がった製品を父のハイエースに積み込むまでが仕事。二階の作業場から、箱を何個も積み重ねて、急な階段を往復して。思えばあの荷物をよく運ぶことができたなと。部活で培った体力のおかげか、それとも仕事で鍛えられたおかげで部活を乗り越えられたのか。今ならギックリ腰をやらかしそう……

作業場で仕事を終えるころになると、いつも流れてくるラジオが楽しみでした。「東京ダイヤル954」です。パーソナリティー若山弦蔵さんが冒頭で言う「はい、お疲れさまでした」に、どれほど癒されたことか。吹き替えで007シリーズのショーン・コネリー役をされていた、渋い声で。私は16歳にして仕事の疲れと充足感をしんみり味わっていました。
一緒に仕事をしていた人たちは当時の私から見れば大人のおじさん、おばさんばかりだったけど、今思えば父も含めて皆ずいぶん若かったはずです。皆毎日一生懸命だったな。
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by pavilion-b | 2018-09-26 09:06 | 絵本と本のこと | Comments(0)