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水銀灯

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先日の強風のあとに、



車で出かけたときのことです。
「こないだの風で、このへんの水銀灯が倒れたっていうんだけどどれだろう」
隊長につられてわたしも窓の外を注視しました。片側2車線の広い道で、中央分離帯にはT字状の、歩道側には逆L字状の街路灯が、規則正しく並んでいます。ふだんは特に気にしていなかったけれど、意外にたくさんあります。

「ねえ、水銀灯ってやっぱり水銀が入ってるの?」
「だろうね。でもたぶん、今はもうLEDじゃないの。昔よりも小さくなってるし」
見ればたしかに照明の部分がとても小さいのです。だから倒れたというのも、正確にはきっとLEDの街路灯でしょう。ただある世代以上には街路灯といえば「水銀灯」で、ほとんど固有名詞化しているかもしれません。子どものころ、夜の高速道路で点々と連なるあの灯りの列を見ると、別世界へと誘われるような、なんともいえない陶酔を味わったものです。

ふと、ユーミンの歌のことを思い出しました。
その歌を聴いたとき、わたしは10歳くらいで、父の運転する車に乗っていました。雨が降り、窓が雨粒で濡れています。その雨粒が付いては流れ、また集まっては押し流されていく様子を、わたしは後部座席に寝転んでボンヤリと見つめていました。
そのときラジオからユーミンの曲が流れてきたのです。出だしのあたりで「水銀灯……」と歌われていて、その声と旋律にたちまち引き込まれました。なんてすばらしい歌だろう、と子ども心に素直に感じ入ったのです。
歌詞の内容は、子どもには分かるはずのないような大人の叙情です。でも分かるんです。理屈を超えて、直に心に沁みるのです。風景と音と言葉が一体になり、そのまま身体を満たす感覚。わたしは生まれて初めて歌にそんな感動を憶えた気がして、独り呆然としてしまいました。どうしたらいいのか分かりませんでした。

お店を始めたばかりのころ、親に連れられて来ていた子が今やもう中学生とかになっています。なにせ幼児のころから見ているので、つい子ども相手の接し方をしていまいがちですが、自分もまだまだ子どもだったそんなころに歌詞の叙情を受けとめていたことを思えば、きっと彼ら彼女らも心のなかでは、こちらが思っている以上にいろんなことが分かっているのです。まだ言葉では説明できなくても。

by pavilion-b | 2021-05-13 06:46 | Comments(0)